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株式会社デジタルベースキャピタル 代表パートナー 桜井駿(さくらい しゅん):みずほ証券株式会社、株式会社NTTデータ経営研究所を経て、株式会社デジタルベースキャピタルを創業。日本初となるPropTech特化型ベンチャーキャピタルを運営し、規制産業領域であるPropTech、Fintechのスタートアップ投資・育成、大手企業向けのデジタル戦略、DXに関するコンサルティングを行う。不動産/建設領域のスタートアップコミュニティ「PropTech JAPAN」の設立、一般社団法人Fintech協会の事務局長、経済産業省 新公共サービス検討会 委員を歴任。主な著書に、「決定版FinTech」(共著、東洋経済新報社)、「知識ゼロからのフィンテック入門」(幻冬舎)、「超図解ブロックチェーン入門」(日本能率協会マネジメントセンター)、「100兆円の巨大市場、激変 プロップテックの衝撃」(日経BP)がある。https://www.digitalbase.co.jp/
WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための調査・研究・情報発信を行っている。プロフィールはこちら。
(対談の前編はこちら)
クラウドリアルティの新しいコミュニティとして、WealthPark研究所より様々な投資情報をお届けいたします。
今回は「プロップテック(PropTech)が切り開く新しい未来」をテーマに、株式会社デジタルベースキャピタル 代表パートナー 桜井駿氏とWealthPark研究所 加藤航介が語ります。(中編)
加藤: ここ2年程のGAFAなどのBigTechの金融事業参入の動きに絡めて、プロップテックへの参入についても、桜井さんのご意見を伺いたいです。2019年にはFacebook主導でデジタル通貨構想「Libra(リブラ)」が発表されましたが、当時は私も「金融業界が完全に再定義されるな」と衝撃を受けたのを覚えています。結局は世界中の規制当局からの反発を招き、Libraは立ち消えてしまいました。個人的には3〜5年前に想像していたよりも、GAFAの金融ビジネスの参入スピードは遅いなと感じています。中国では、直近でBigTechへの締め付けに次いで、敎育産業へも規制が入り、同国の現地株の一部は暴落しています。来年にはデジタル人民元も全土で導入されるので、事実上BATなどのBigTechは中国の金融ビジネスの根っこには入れなくなりますよね。一方で、巨大なプロップテックのマーケットに、2010年代の世界経済を引っ張ってきたGAFAやBATはどう参入していくのか、大きな注目を集めています。
桜井: その意味では、金融と不動産は分けて考えた方が良いかもしれませんね。また、GAFAによる金融業は、彼らが抱える経済圏の中で行うやり取りが基本なので、通常の金融機能とは性質が異なるかなと。BigTechと呼ばれる企業への最大の批判は、犯罪に絡むFintechの使用をどう防いでいくかということですよね。例えば、本人確認が必要とされないFacebookでは、反社会勢力に属している人もアカウントは取得できるわけですが、金融業ではKYC(Know Your Customer(顧客確認))に沿って、本人確認や身元確認を行うことが確実に求められます。加えて、世界の各地域の金融規制、特にアンチマネーロンダリングやテロ対策に準拠する形で、金融サービスをつくり上げていくには、コストがかかりますよね。問題が起きた時の制裁も厳しいので、プラットフォーマーはそうしたことを吟味しながら、長年にわたって考量し続けているのが現状だと思います。
金融ネットワークを中央集権型から分散型にする、非中央集権型にするという話も、以前から言われ続けてきていますよね。これは思想として理解はできますが、一般の市民が果たしてそれを求めているのか。加藤さんはどう思われますか。
加藤: 総論として、中央集権と戦える仕組みが存在するということは、牽制が効くという意味で消費者にとっては良いことだとは思います。一方、株や為替の取引ではこれまでもデジタル化が相当進んでいて、既に完成された金融システムを無理に入れ替える必要はないのではと考えています。
桜井: 例えば、投資アプリの「Robinhood(ロビンフッド)」がユーザー接点やユーザーへの提供の仕方を少し変えただけで価値を出せるのは、逆に言うと頑丈で高速な金融インフラが中央集権でつくられているからですよね。そう考えていくと、BigTechが分散型の金融インフラをつくったとして、一般のユーザーにとって価値があるのか。私も、現在の形で完成されているのかなと、加藤さん同様に思っています。また、非中央集権の金融の在り方がどうしても好きだという方は、ビットコインの世界の中で生活していけば良いと思います。
一方で、アートや不動産といったまだデジタル化されていない資産について、デジタルな権利の取引や所有ができる様になって、世界中の通貨で小口化されたものが投資される様になると、理論的には流動性が上がり資産の価値が上がることが予想できます。近い将来かはわかりませんが、そうした動きは、既存とは異なる金融システムを誕生させる可能性があると考えています。特に不動産に関しては、膨大な資産が国内外でほとんど動かない状態のままになっています。それがデジタル化されて、他国の土地や建物という資産にも自由にリーチできると、所有権の考え方自体も変わっていくのかもしれません。その様な社会へ私達はどう向き合っていくのかは、大きなテーマだと思います。
加藤: 今までは技術的に流動化が難しかった資産も、ブロックチェーン技術とNFTで明らかに変容を遂げていくでしょうね。桜井さんのご指摘の通り、流動化は一般的にその資産の価値の上昇をもたらすので、各国の当局もその流れには乗らざるを得ないと思います。価値が上がることに取り組んでいる国と、取り組んでいない国では、その国の国民の所有資産に格差が生まれてしまい、国全体の豊かさまでもが大きく変わってしまう。これは、IPO制度や証券取引所がある国とない国の違いと同じことですよね。
桜井: そうですね。一方で、流動性の上昇を、価格、資産価値、利回りの上昇に繋げるのは、資本主義の文脈ですよね。これからの時代にESGやSDGsといった観点がどう影響してくるかはまだ未知数ですが、環境負荷や環境コストが価値計算にどう含まれて、リターンは何の指標で測るのかといった座組みは変わってくると思います。この様な動きには期待しており、いずれにしても世界はより良い方向に向かっていると感じていますね。
加藤: パリ協定の目標達成に向けては、2040年までに世界全体で約7,000兆円程度の新規投資が必要との試算がされているようです。より良い社会を目指して進んでいくのは簡単なことではなく、普通の投資と環境投資のバランスを取りながら、資産価値を上げていことが必須になるでしょう。
桜井: 「資本主義とプロパティ」について専門的に研究している方もいらっしゃいますが、これは深いテーマなんですよね。私も水産系の取り組みを行う中で知ったのですが、各国の論文や法律文書では、魚は「プロパティ」と記載されているんです。海も、海の中にいる海洋生物も「財産」で、誰の財産なのかは国ごとに捉え方が異なります。SDGsも「海の豊かさを守ろう」と掲げていますが、同時に「伝統的な小規模な漁法や漁業、漁村を守ろう」とも書いてあるんです。海の資源は有限なので、資本主義の競争原理に乗っ取って、大きな網で囲い込んで獲れるだけ獲ったら、資源が枯渇します。そうではなく、昔から行われてきた様に一個人の力の範囲で獲る様に規制がなされているんですね。
今世界中で競争して環境負荷をかけながら建物を建てていますが、土地、山、建物も、「プロパティ」、つまり有限な財産として考えると、不動産の見え方が変わってきます。兎にも角にも「建てる」という時代が終わった時に、所有権、投資、リターンの概念がどう変わっていくかは、意識の高い個人投資家ほど目を向けておくべきテーマだと思っています。大型のオフィスビルだと、GRESB(グレスビー)というESG評価ツールが用いられていて、ビルの維持における環境負荷をスコア化して投資判断がなされていますが、これは既にスタンダードになりつつあります。こうしたルール決めに国がどう関与していくかは大事ですし、スタートアップで最前線で業界課題に取り組んでいる身としては、注意を払っていきたいですね。