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投資の話になると、「まだ住宅ローンを返し終わってないから」という声がしばしば聞かれます。しかし、住宅ローンは条件もいいため、必ずしもローンが終わってから投資、と考える必要はありません。そこで今回は、不動産ライターの亀梨奈美さんに、「住宅ローンの繰上返済」についてご寄稿頂きました。
手元にまとまった資金ができると、住宅ローンの繰り上げ返済を検討される方も多いものです。繰り上げ返済には、その後の返済負担を軽減する効果がありますが、返済時に選択する“タイプ”や時期によって効果は異なるため、慎重に判断しなければなりません。
また負担軽減のみならず、「資産運用を始めるための足がかりに」と、繰り上げ返済を検討されている方もいらっしゃるのではないでしょうか?しかし、住宅ローンはあらゆるローン商品の中でも条件がよく、控除制度もあるため、投資や資産運用のために繰り上げ返済することが必ずしも得策とはいえません。
住宅ローンの繰り上げ返済には、2つの種類があります。1つは、繰り上げ返済によって返済期間を短くするタイプ。もう1つは、月々の返済額を減らすタイプです。
もちろん全額完済してしまえば、2つのタイプを選ぶまでもなく、その時点で返済負担はなくなります。
まずは、一部繰り上げ返済する場合の2つのケースについて解説します。
繰り上げ返済によって返済期間を短くする「返済期間短縮型」は、繰り上げ返済後、月々の負担が減ることはありません。しかし、返済額が一定期間分の元金返済に充てられることで、返済期間が短縮し、その分の利息負担がなくなります。
毎月の負担は減らず、返済期間が短縮する「期間短縮型」は、以下のように完済時期を早めたい人に向いているタイプです。
一方「返済額軽減型」は、返済期間を変えずに、毎月の返済額を減らすタイプです。繰り上げ返済額が全て元金返済に充てられる点は、「期間短縮型」と相違ありません。しかし、下記図のように、期間を変えずに元金を減らすため、利息負担が軽減する効果は「期間短縮型」より低くなります。
返済期間を短縮せずに、月々の負担を減らす「返済額軽減型」は、以下のような人に向いているタイプだといえます。
以下の条件で繰り上げ返済した場合、「返済期間短縮型」と「返済額軽減型」の効果には、次のような違いがあります。
金利負担の軽減率を見れば「返済期間短縮型」の方が高いので、“お得感”はあるでしょう。
しかし、毎月の負担が減れば、病気や収入減にも備えられ、“余裕のある生活”が生まれます。
どちらも一長一短ではありますが、住宅ローンの一部繰り上げ返済をする方に多いのは、「返済額軽減型」。返済期間を短縮してしまうと、突然の収入減や金利上昇に対応できなくなる恐れがあり、”効果”よりも”安心”を取って繰り上げ返済するケースが多いといえます。
それでは、ここからは住宅ローンの繰り上げ返済のメリット・デメリットを見ていきましょう。
まずメリットは、その後の返済負担が減ること。そして負担が減ることにより、資産運用や投資がしやすくなることです。
「返済期間短縮型」「返済額軽減型」いずれにしても、住宅ローンの繰り上げ返済をする目的は、その後の負担を軽減させるためです。
住宅ローンは、やはり利息負担が伴う“借金”ですので、金額が低いほど、期間が短いほど、負担は減ります。
住宅ローンを繰り上げ返済することで、その他の資産形成の可能性が広がります。
「返済期間短縮型」なら、予定より早くローンを完済することで、その後は教育資金や老後資金のための資産形成を始められるでしょう。また「返済額軽減型」なら、月々の負担を減らした分をすぐ投資にまわすことも可能です。
さらに「返済額軽減型」では、月々の返済負担が軽減することで、その他のローンの借入枠が増えるという効果にも期待できます。その理由は、「返済負担率」が低下するため。「返済負担率」とは、年収に対するローン返済額の割合です。年収600万円に対して年額180万円のローンを返済している場合の返済負担率は、「180万円÷600万円」で30%となります。
返済負担率は、住宅ローンの借り入れにおける重要な審査基準の1つです。たとえば、フラット35では、年収負担率の上限を「年収400万円以下は30%」、「年収400万円以上は35%」としています。また住宅ローンのみならず、不動産投資ローンや教育ローン、マイカーローンなどその他のローンにおいても、返済負担率は審査で見られるポイントです。
どんなローンの債権者も、債務者が返済遅延や返済不能の状況に陥ってしまうことは避けたいもの。そのため、新規になんらかのローンを借り入れる場合は、返済負担率を低くしておいた方がいいものなのです。
「返済額軽減型」の繰り上げ返済をすれば返済負担率が低下するため、その他のローンが借り入れやすくなる、あるいは借入限度額が上がります。
一方で、繰り上げ返済には、次のようなことがデメリットとして考えられます。
繰り上げ返済によって「返済負担率」が下がれば、その他のローンが借り入れやすくなるとお話しました。しかし、住宅ローンは、その他のローンよりかなりの程度、金利水準が低いもの。また、返済期間についても、住宅ローンほど長期で組めるローンはありません。もし住宅ローンの繰り上げ返済をした分、金利の高いローンを組めば、本末転倒になってしまう可能性があります。
たとえば、200万円を繰り上げ返済して金利が2倍のカーローンを組む場合と、200万円を車の購入費用に充てた場合では、後者の方が金利負担や月々の負担は低くなるでしょう。
繰り上げ返済する分を運用に回すことで、住宅ローンの負担減より、増えるお金の方が多くなることも考えられます。たとえば、100万円繰り上げ返済して30万円分の利息負担が減ったとしても、100万円を運用して結果的に130万円以上になれば、それは運用に回した方がいいということです。
資産運用は、借り入れ不要なものもたくさんあります。繰り上げ返済して新たなローンを組むことも選択肢の1つではありますが、繰り上げ返済する分をコツコツ少額投資に充てるというのも、堅実な資産形成方法だといえるでしょう。
住宅ローンを組んでいる人の大きな税制控除として、「住宅ローン控除」があります。住宅ローン控除は、ローンの年末残高の最大1%を、最大10年間(消費税増税に伴い一定期間のみ3年間延長)にわたって所得税・住民税から控除するものです。控除額は、年間最大40万円(優良住宅等は最大50万円)におよびます。
繰り上げ返済するとなると、この住宅ローン控除の効果が低くなってしまう可能性があります。とくにここ数年は、変動金利が1%を切る状況が続いており、金利負担が控除額を上回る状態。ローンの借り入れ状況やご自身の所得税・住民税の額、繰り上げ返済額、繰り上げ返済のタイミングによるところですが、場合によっては、住宅ローン控除期間中の繰り上げ返済が“損”になってしまうことも考えられます。
繰り上げ返済するタイミングを見定めるポイントは、“効果”だけに捉われず、慎重におこなうことです。
「返済期間短縮型」「返済額軽減型」いずれのタイプも、基本的には早い時期に行った方が効果は高くなります。それは、早ければ早いほど元金の減額率が高く、その分の利息の負担が軽減するためです。
ただし、先述通り、住宅ローン控除期間中は、必ずしも早い方がいいとはいえないケースがあるのでご注意ください。
住宅ローンの繰り上げ返済は、目先の損得だけで判断するべきではありません。
「手元に残すより、繰り上げ返済すれば得する」
たしかにそうなのですが、生活していく上で出費がかさんだり、収入が減ってしまったりするリスクはどんな人にでもあります。新型コロナウィルスの蔓延によって、住宅ローンが返済できない人が急増しているように、予想できないことで突如、生活が苦しくなったり、返済が厳しくなったりする可能性はあるのです。従って、手元にあるお金を次から次へと繰り上げ返済に回すことが、必ずしも賢明だとはいえません。繰り上げ返済するには、十分な預貯金を確保し、余剰資金が出てからでも遅くはないでしょう。
最近では、窓口に行かず、ネット上で繰り上げ返済の手続きができる銀行も増えてきています。ネット手続きであれば、手数料が無料なことも。従来までは、繰り上げ返済の最低金額が設定されていたり、手続きに数万円の費用がかかったりしていましたが、今では誰でも気軽に繰り上げ返済できるようになっています。
しかしいくら手続きが簡単とはいえ、返済額が大きいときやその他の資産運用等をお考えの場合は、ファイナンシャル・プランナー(FP)や各行の担当者など、専門家に相談してから判断することをおすすめします。
住宅ローンの繰り上げ返済によって、その後の返済負担は軽減します。また、繰り上げ返済によって、その他のローンの借り入れがしやすくなる効果にも期待できるでしょう。
しかし、住宅ローンほど借り入れ条件がいいローンはありません。従って、繰り上げ返済によって余裕が出たお金を投資に、資産運用に……と考えるだけでなく、繰り上げ返済する分を投資や運用にまわすことも、併せて検討してみるといいでしょう。実物不動産投資など、高額な費用を伴う投資はローンの借り入れが必要ですが、少額から始められる不動産投資もあります。
不動産ライター
亀梨奈美
大手不動産会社退社後、不動産ライターとして独立。在籍時代は、都心部の支店を中心に契約書や各書面のチェック、監査業務に従事。プライベートでも複数の不動産売買歴あり。業界に携わって10年以上の経験を活かし、「わかりにくい不動産のことを初心者にもわかりやすく」をモットーに不動産記事を多数執筆。