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隆範

巨匠が望む最期の場所「ラ・トゥーレット修道院」

無神論者の巨匠が設計した教会で「美」を考える

今春世界一周建築旅行から帰国した現役大学生ライター・隆範さんの連載第五回目で取り上げるのは、フランスはリヨン郊外にある「ラ・トゥーレット修道院」。ここに泊まり、ゆっくりと建物内を見て回りながら考えた「美」についての寄稿です。

ル・コルビュジエと宗教建築

建築を学び始めると、ル・コルビュジエという建築家について興味深く調べることになるでしょう。

日本では国立西洋美術館が代表作として知られていますが、世界の近代建築の礎を作り上げ、日本の現代建築の系譜の原点にあたるのがこの人物です。

建築は勿論のこと、家具から都市計画まで如何なるスケールをもデザインし、ピュリスムの画家としての顔も持つ巨匠建築家ですが、今回は彼の建築を訪れたときのことを綴ろうと思います。

ル・コルビュジエは無神論者でありながらも、晩年に幾つかの宗教建築を設計してその生涯を終えていています。その建築は近代合理性を孕みながらも芸術的な様相をもって形作られています。

中でも代表作として名高い建築は「ロンシャンの礼拝堂」でしょう。有機的な形態に、特徴的な窓の造形、音の反響など、機が来ればこの建築について詳しく書きたいところです。

ロンシャンの礼拝堂
ロンシャンの礼拝堂

他に、「トランブレーの教会」という建築が資料にのみ残されています。計画案で終わってしまい、実現に至らなかった建築ですが、「フェルミニのサンピエール教会」の基となったと言われています。

サンピエール教会は建設費用の問題などから、存命の間に建つことは叶わず、彼の死の40年後に建設が実現した建築です。私が訪れた際には中に入ることができず外観のみ見学してきました。

フェルミニのサンピエール教会
フェルミニのサンピエール教会

そして今回紹介しますのが「ラ・トゥーレット修道院」です。ル・コルビュジエが66歳の時に設計を始めたプロジェクトで、ロンシャンの礼拝堂と近い時期(ロンシャン=1950年設計、1955年竣工、ラトゥーレット=1953年設計開始1960年竣工)に設計されました。

無神論者だったル・コルビュジエは、ラ・トゥーレット修道院の設計をどのように行ったのでしょうか。

修道院というのは、キリスト教において修道士が共同生活をするための施設ですから、宗教建築として歴史が深く、強い規範の下で建てられるものであるはずです。しかしながら、ラ・トゥーレット修道院はその外観を見れば、伝統から大きく逸脱していることは一目瞭然です。

ラ・トゥーレット修道院のエントランス
ラ・トゥーレット修道院のエントランス
丘の上の修道院
丘の上の修道院

ラ・トゥーレット修道院は、フランスのリヨン郊外の丘の上に威厳を放ちながら建っています。このプロジェクトについて、コルビュジエは後にこう語っています。

「私はここにやって来た。いつものようにスケッチブックを手にすると、地平線を描き、太陽の方角を記し、地形を感知した。そして位置を決めた。というのもまだまったく定められていなかったのだ。これが罪のある行為となるのか。まず最初にするのは、選択である」(コルビュジエと市民の対話)

元々建築の構想が強くあったのではなく、この地形を見てから設計を始めたようで、急斜面の丘に立って景色を眺めた時には、コルビュジエの視点を感じることができます。

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実際に泊まった部屋
実際に泊まった部屋

さて、見学は事前にメールでアポイントを取る必要がありますが、その際に希望をすれば宿泊をすることも可能です。

僕はここで一泊させてもらうことにして、修道士の生活を体験しながら建築の内部を散策してきました。素晴らしいことに、宿泊者はガイドツアーでは入れない場所にも入れたり、時間を気にする必要なく朝から深夜まで歩き回れたりするので、もし訪れる際には宿泊することをオススメします。

コミュニティスペース
コミュニティスペース
食事の前に集う参事会室
食事の前に集う参事会室

ラ・トゥーレット修道院には、いくつかの祈りの空間と生活空間が共存しています。僕はカメラを手に、建築の中をゆっくりと巡っていきました。僕に向けて飛んでくる光を丁寧にレンズで集めて焼き付けていったので、特に今回の写真では光に注目してご覧ください。

様々な光の取り入れ方を試みていることに驚かされます。窓と一括りにすることを躊躇するほどに、それぞれが画期的な方法で設計されていることが分かります。

小礼拝堂
小礼拝堂
地下小聖堂
地下小聖堂
礼拝堂の長椅子と光
礼拝堂の長椅子と光
教会堂西側
教会堂西側
回廊に続くホール
回廊に続くホール

以下の二枚ずつ並ぶ写真のそれぞれ一枚目。外観の写真に写るフジツボのような部分がわかるでしょうか。一見するとよく分からない彫刻のように見える造形ですが、実はその形は内部に落ちる光のために設計されたものでした。

機能的な合理性を突き詰めたデザインはシンプルな形へ帰結するとされていて、特に人が手にとって使用するようなデザインではこれが好まれるものです。しかし建築は必然性のみによって作られるものではありません。ただ美しい光を落とすために綿密に設計されたこれらの天窓は、手に馴染むシンプルさというよりも、何らかの機能を果たすために製造された裸の機械を愛でるような美しさがあります。

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二枚目の場所(聖具室)は一枚目の右下部分
二枚目の場所(聖具室)は一枚目の右下部分
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二枚目の場所(地下小聖堂)は一枚目の右下部分
二枚目の場所(地下小聖堂)は一枚目の右下部分

コルビュジエが為したかったこと

ラ・トゥーレット修道院巡っていると、「美」には説明が不必要だと感じさせられました。この場において伝統も信仰も、その優劣争いの全てをこの空間の「美」が終結させてくれます。これは宗教建築を無宗教者が訪れる時、空間が信仰を超える瞬間でもあります。

ミレニアル世代以降激増した無宗教の人にも、それぞれ信じるものや大切にしている考え方は必ずあるでしょう。

僕たちは多様な価値観と思想を持ちながら、それを共有できる環境を求めています。それは、周りを注意深く見てみれば、自分には信じられないことが沢山起こっていることからもわかります。

SNSやニュースを見ていて理解できない行動や言動をしている人であっても、その人なりに信じていることがあるわけです。しかしながら、その思想が無秩序に乱立している状況が解決しきれない問題となっています。

ラ・トゥーレット修道院という無神論者が設計した宗教建築は、現代の「無宗教という信仰」の社会を生きる僕たちにつながる鍵となるかもしれません。文化や歴史としてではない、生きた宗教建築の視点を考えるとき、僕はここの光を思い出したい。

中央の回廊を眺める
中央の回廊を眺める

前述の通り、ル・コルビュジエは当初、宗教の伝統的形態と近代主義建築との衝突に悩まされ、トランブレーの教会の設計を断ることになったですが、後に、ラ・トゥーレット修道院を設計する前にこのようなことを語っていました。

「私の教会の計画案から20年が経ちました。今ならばこの非常に難しい問題に立ち向かえるだけの年を重ねたと感じます。(建築の魂は、ヴォリューム、リズム、光と影に在ります。昨今の技術革新は、私を建築全般についての深い考察へと導きました。)そして今、精神性を宿す建築に大きく惹かれています。やはり死ぬまでに、厳密な有用性以外のものも創り出したいと思うのです」

建築学生でありながら、旅人であり、僧侶でもある僕は、日本に居ては知り得なかった多くの考え方や宗教に出合ってきました。

自らの足を運び、何か今までの固定観念を超えるような「信じられないもの」と出合った時の衝撃は、自分が今まで生きてきた環境によって何かを「信じ込んでいたこと」に気付かせてくれます。新たな発見は無意識のうちに信じていたことを思い出させ、自覚させるものですから。

誰であっても、生活をする中で無意識下に信仰が仕込まれていきます。

人種や性差などの他者否定や、伝統と現代性との文化的対立などには、そういった思い込みのようなものが存在しています。

それら無意識下の信仰同士の衝突を解決する方法は一括りにはできませんが、しかしながら「美しさ」というものは解決への鍵となり得るのではないか。コルビュジエが葛藤の末に生み出した修道院に身を置き、そう感じられました。

教会堂の東側
教会堂の東側

1965年8月27日、コルビュジエは地中海での遊泳中に心臓発作を起こして亡くなりました。

生前残したメモには、自身の寿命が尽きる日が来たら、遺体をラトゥーレット修道院の教会堂に一晩留め置いて欲しいという願いが書かれていました。

その願い通り、棺はこの場所に運ばれたものの、彼はキリスト教徒ではなかったために一切の宗教儀式を行わず、フランス国旗と生花、ろうそくと共に静かに置かれていたそうです。

最後の一夜にこの場所を選んだ彼の宗教なき信仰は、やはり芸術の光を纏ったこの建築に示されていたのかもしれません。

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Profile


隆範(りゅうはん)

1998年愛知県生まれ。18歳で僧侶となり、建築学に打ち込む。茶道と建築を合わせたワークショップ『アーキテク茶会』や、プログラミングを使った禅と映像のインスタレーション『上善若水』、キビタキとシジュウカラの為の『100の巣箱』など、建築の可能性を探求した幅広い制作を行う。日本建築学会主催『建築学生サミット2018秋』や、中部地方最大の建築学生団体『NAGOYA Archi Fes2019』を主導し、現在は地方都市のまちづくりを提案するチーム『まにまに』を率いている。


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