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日本版不動産投資信託とも呼ばれる「J-REIT(ジェイ・リート)」。皆さんはどのような基準で銘柄の選定をしていますか?
今回は、銘柄選びに役立つ指標・NAV倍率について、元証券マンのライター・山下耕太郎さんが解説します。
NAV倍率(Net Asset Value倍率)は、J-REITを選ぶ際に役立つ指標です。
株式投資のPBR*1 に該当する指標で、J-REITが保有している物件の純資産を軸として、どれぐらい投資口価格(J-REITの売買される価格)が高いかを判断できます。
NAV倍率の計算式は、以下の通りです。
*1PBR:Price Book-value Ratioの略。株価純資産倍率の意味で、現在の株価÷1株あたり純資産で算出することができる。
NAVはJ-REITが持っている時価ベースでの純資産です。J-REITを解体して保有不動産をすべて売却し、負債返済後の金額になります。そして、1口あたりのNAV(NAV÷発行口数)に対し、投資口価格が何倍であるかを示したものがNAV倍率です。
「NAV倍率=1倍」の状態が、現在の投資口価格と純資産が一致している状態になります。NAV倍率は銘柄によって異なります。NAV倍率が1倍よりも低ければ投資口価格は割安(ディスカウント)と判断し、1倍よりも高ければ割高(プレミアム)と判断します。
また、マーケット全体のNAV倍率も、市況によって大きく変動します。以下の図は、過去10年のNAV倍率の推移です。
プレミアムが発生する要因として、大型不動産への投資が証券化されて小口投資が可能になり、流動性が向上した場合や、不動産価格上昇への期待などがあります。一方、不動産市況への期待感が後退している時期は、ディスカウントが発生する可能性もあります。
NAV倍率は、株式投資のPBR(純資産倍率)に該当します。
しかし、NAV倍率とPBRは「時価評価」か「簿価評価」の違いがあります。
時価は「そのとき売ったらいくらになるのか」、簿価は「帳簿上ではいくらなのか」を表しています。NAVは、不動産物件の価値を時価評価して計算。保有している不動産価格が下落すれば純資産が目減りしますし、上昇すれば純資産が増えます。
NAV倍率が1倍を割れているということは、純資産に対して割安に買われていることを意味します。そのJ-REITの投資口証券をすべて買い占め、投資法人を解散して資産を売却すれば、利益になるからです。
ですから、NAV倍率が1倍を割り込んでいる銘柄は買いという判断ができます。
しかし、NAV倍率が1倍割れしていると、増資しにくくなるというデメリットがあります。J-REITは新規投資をする目的などで増資をおこないますが、NAV倍率が1倍を割り込んでいるということは、現在の資産価値と比べて安い価格で増資をおこなわなければいけません。
増資をするJ-REITの立場からみると、現在の資産価値に対して安い価格でしか資金調達できず、十分な資金が集まらない恐れもあるのです。一方、NAV倍率が1倍を超えていれば増資による資金調達も容易になります。
増資によって新たに調達された資金は、新規物件の取得に回されます。つまり、増資によって円滑な資金調達が進まないと、J-REITは新規物件に投資できず、運用成績も下がっていく可能性があるのです。
ですから、必ずしも「NAV倍率が1倍割れは買い」というわけではありません。増資しづらくなると、成長戦略が描きにくくなるからです。NAV倍率が1倍を大きく下回っている銘柄は、将来の資産価値が大きく上昇する可能性も低いという点に注意してください。
株式投資ではPBRだけでなく、PER(Price Earnings Ratio=株価収益率)をあわせて分析するのが一般的です。そして、PERに該当するJ-REITの指標が「FFO倍率(Funds From Operation)」です。
FFO倍率もJ-REITの割高・割安を判断する指標で、計算式は以下の通りです。
FFOは、不動産賃貸から得られるキャッシュフローです。純利益から不動産売却損益を差し引き、減価償却費を加えて算出します。1口あたりのFFOで投資口価格を割ったのがFFO倍率で、倍率が低いほど割安と判断します。
新型コロナウイルスの感染拡大による景気悪化懸念で、東証REIT指数は2020年3月に急落。4月時点のNAV倍率は0.92倍と、2012年10月以来の1倍割れになりました。個別銘柄でみても、5月25日時点でNAV倍率が1倍以上の銘柄は18銘柄で、全銘柄(63銘柄)の3割弱しかありません。
新型コロナウイルスの感染拡大が、好調だったオフィス需要にブレーキをかけるという懸念も強く、昨年までのような上昇基調に戻ると予想する声は少数派です。
オフィスビルに投資するJ-REITを中心に、今後の入居率の悪化や賃料収入の減少を懸念する声が上がっており、今後は分配金を減らすJ-REITが増える可能性もあります。
オフィス系REIT以外でもホテル型REITの投資口価格は低迷しています。ホテル最大手のインヴィンシブル投資法人は、2020年6月末の分配金を2月末公表時の1,812円から30円へ減らすとしました。
インヴィンシブル投資法人のNAV倍率は0.45倍と、J-REITの中で2番目に低い値ですが、減配リスクから上値の重い展開が続くでしょう。
NAV倍率は、J-REITの投資口価格が割高か割安かを判断する指標です。1倍を割れていれば割安と判断しますが、個別銘柄に関しては注意が必要。あまりにも低いNAV倍率では増資がしにくくなるので、将来の成長性が見込みづらくなるからです。また、減配などで投資口価格が大きく下落している銘柄にも注意が必要です。
NAV倍率などの指標は、投資する際の参考の1つと考え、それほど神経質になる必要はありません。まず過去の分配金状況や物件タイプなどをきちんと確認し、その後にNAV倍率やFFO倍率を確認すればいいのです。